おヒマな中年二輪愛好会レポート

2010.03.28 陸軍竹永飛行場跡

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「自己学習」として始めた戦跡巡りであるが
感化された中年二人が、先日の「戦跡バスツアー」に続いて
お付き合いしていただける運びとなった

今回はEDさんが以前から恋焦がれていた菰野町の飛行場跡
企画開催にあたり事前の調べも済ませており
“戦跡”にかける執念は、最早オイラ以上なのかもしれない

戦跡を堪能した後に
湯の山温泉付近の「雲母峰林道」を楽しむ計画があったのだが
午後からの高い降水確率により断念する
(EDさんはあきらめがつかないようであった)

戦跡に取りつかれた中年は
 ◆EDさん:TL125(今回初)
 ◆アラセさん:GWトライク
 ◆まつ:RH250

お見送りはご近所の
 ◆セキムラさん:FJR1300
 ◆ビーエフさん:セロー250


@集合場所:サークルK名四川越店
A竹永飛行場滑走路跡
B三竹永飛行場指揮所(防空壕)跡
C陸軍廠舎跡
Dお昼ごはん場所:大遠会館

まずは「竹永飛行場」について、
防空壕の案内板にある説明を先に照会しよう

【特攻指揮所用防空壕跡】
 昭和20年(1945)、現在の菰野町永井・竹成(旧三重郡竹永村)の地に中京圏の防空強化のために特攻用飛行場が建設されました。
 昭和19年(1944)6月20日に陸軍第162野戦飛行場設営隊が編成され、翌20年3月より建設工事が始められました。
 8月に飛行場が完成しましたが、実際に使用する前に終戦となりました
竹永小学校正門前から大和ハウちゅ工場附近までの約1,500mの滑走路が作られ、現在三重テレビや中京テレビのアンテナが立っている丘に指揮所用防空壕が2つ作られました。
 飛行場を作るのですから広大な用地が必要ですが、陸軍はかなり強引な接収をして短期間に土地を集めたようです。
 滑走路は、現在田畑に変わっており跡形もありません。指揮所用防空壕は、堅牢な作りで今もこの通り現存しています。

説明板によると左記の「竹永小学校」と「大和ハウチュ」にかけて
滑走路が存在したことになる
現在の地図を見る限り、滑走路を思わせるような痕跡は無い

左記の地図の範囲を航空写真で表したのが下の写真だが
やはり、それらしき跡を見つけることはできない
これは企画倒れになるかもしんない・・・・

終戦後ではあるが、昭和23年頃の米軍による航空写真を見てみる
明治6年開校の竹永小学校の南側に、滑走路らしき跡が確認できる
終戦から3年が経過し、取り壊し作業が進んでいたのだろう
滑走路跡地の造成が始まっていることもわかる

左の写真を現在の航空写真に重ねてみた(うっすら赤い線が滑走路)

滑走路の赤い線だけを残したのが左の図である
まるで「滑走路は無かったことにしてくれ」と言わんばかりの造成だ

現在のグーグル地図に、昭和23年の航空写真を重ねたのが
下の図である・・・雰囲気はつかめてきた

で、滑走路跡の赤い線だけを残したのが左の図である
目分量なので正確ではないが、これを頼りにするしかない

指揮所のあった防空壕が残る場所は
おおよそ赤○あたりの丘と見当を付け、EDさんに事前調査を依頼する

説明板にある「防空壕は2つ」というのが気になる
多数あるこの飛行場で照会されている防空壕は“1つ”だけだ
まるで「あと1つは自分で探せ」と挑まれているようでもある

受けて立とう!という意気込みも手伝い
今回の調査団(参加メンバー)が結成されたようなもんだ

EDさんの呼びかけに、am9:00出発として
川越IC南のサークルKに調査団+近所の中年2人が集まる

この2人、実は小学生の同級生だった
昨年の2月から対面しているのだが、相互に確認したのはこの瞬間


ほぼ半世紀ぶりの再開(確認)を果たしての集合写真

定刻より30分前ではあるが
午後からの雨予報を恐れるあまり、せっかちなスタートとなる

先導はもちろんEDさんである
地元民の勝手知ったる道で、どこを走っているのか不明だ

左の図の@のセブンイレブンに到着
矢印の方向へカメラを向けたのが下の写真である

当然だが、この先に滑走路があったことなんて想像つかないだろう
目の前を走るこの道(ミルクロード)も昭和22年の航空写真には無く
当時を思わせるものは何もない

ここから見える大和ハウちゅ工場北側の滑走路を想像してみる

少々移動して、滑走路だったはずの場所に立ち
竹永小学校の方へカメラを向ける・・・A

大和ハウちゅの方へカメラを向ける・・・B
のどかな田園風景だ、その痕跡はまったく見当たらない

唯一残された遺跡の「防空壕」を調査するため
ある場所へ移動し、バイクを停め徒歩で“丘”へ登る

防空壕はフェンスで囲まれ、案の定中に入る事は出来ない
件の説明板はここにある

指揮所跡から眺めた滑走路方面
工場やゴルフ練習場がなければ視界を妨げられることなく
滑走路が視認できたのだろう

防空壕の外観

これで終わりではない
“2つ目の防空壕”を探しあてることも今回の使命である
三方に分かれ、夏だったら絶対に避けたい左図の場所をさまよう

やはり見つけたのはEDさんだった

ここにも魔の手は伸びており
少々やる気のある鉄柵で防空壕の中は閉ざされている

このような遺跡にありがちな「落書き」が無いのも
魔の手のおかげだ・・・保存も良好である

全体像をカメラに収めようとするが、周囲の木がジャマだ
形も大きさも「防空壕その一」と全く同じである

中年調査団は、何とか中へ突入しようと思案するが
我々は正義の味方でなければならないので断念する

突入を断念した中年調査団は
それでも満足感に浸りながら、丘を下山する

「竹永飛行場」の調査使命を完了し
次なる調査対象の地へ向かう

少々西へ移動し、陸軍の演習場跡へ向かう

よく紹介されている「陸軍廠舎跡」の跡地に到着
この地の事前準備はしておらず、この石碑のみの鑑賞
この「陸軍演習場」は次回の使命として引き上げることにした

お昼ごはんには少々早いのだが
午後からの高い降水確率のため、雲母峰林道は断念
EDさんお奨めのお昼ごはん場所へ向かう

どこを走ったのかわからんが、R23に出る

R23を名古屋方面に向かって走っていると必ず目にするこの看板
「業界の人専門の食堂」だとずっと思ってた
実は誰でも楽しめる“レストラン”なのである

EDさんの「てっか丼定食」・・・特盛り(780円+80円)

オイラの「ねぎトロ丼定食」・・・大盛り(780円+80円)
トロの量は見かけより多い

アラセさんの「マグロ定食」・・・普通盛り(お値段不明)
三人の一致した感想は「コストパフォーマンスが高い!」

まだ11:00前ということもあって、お客さんもまばらだが
am7:00から食事を提供してくれるのは嬉しい(11:00迄は別メニュー)

そんな、食券売り場のお姉さんが愛想良くて、CPに優れたお店は

 ◆店名:大遠会館まぐろレストラン
 ◆住所:三重県四日市市富双2-1- 大遠会館
 ◆定休日:年中無休(12/31〜1/3除く)
 ◆営業時間:7:00〜20:00
 ◆食べログのサイト

このお店の向かいにあったこのお店も気になった

どんよりした空模様だが、まだ雨が降る気配はない
だが、11:00時点での午後からの降水確率は50%であり
“林道”に後ろ髪を引かれながらも解散となる

 ◆本日の走行距離:148km
 ◆本日の食費:780円+80円(ねぎトロ丼定食+大盛り)

結局、雨が降り出したのは18:00過ぎだった

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