関ヶ原は面白い
古くから様々な歴史があるにも関わらず遺跡などが残っているものが多い
過去に何度か訪れた場所もあるが、ちょうど良い距離なのでセローで散歩に出た
am8:50頃、まずは大垣のラーメン屋さんで「朝ラー」▼
②旧名神本線跡
1964年に名神高速道路が開通し「魔のカーブ」と呼ばれた“今須カーブ”
1978年に現在の「今須トンネル」が開通し、今須カーブは名神高速の“廃道”となる
③中山道国境
旧中山道「美濃国」と「近江国」の境
④今回のメイン「旧陸軍火薬庫跡」
1914年(大正3年)から終戦までの30年間に東京ドーム58個分の広大な敷地に作られた旧陸軍火薬庫
ほとんどは撤去された火薬庫だが、いくつか現存し公開されている“物件”もある
今須カーブ(名神高速廃道)
1975年、「今須トンネル」が計画された頃の「今須カーブ」
トンネルを避けるため山あいを縫うようにして作られた魔のカーブは事故が多かった
1980年、「今須トンネル」に付け替えられてもはっきり残る「今須カーブ」
2023年、「今須カーブ」はごく一部の遺構を残して跡形もなくなる
現存する少ない遺構
高速道路の下をくぐるボックスカルバート
「彦根117」は名神の高架通し番号なのだろう
ボックスカルバートの中
西側の不自然な盛り土も名神高速の廃道
美濃と近江の国境(寝物語の里)
次は打って変わって穏やかな雰囲気の場所
R21の今須交差点にこんな標識
「寝物語の里」が目指す場所
旧中山道の街並みをトコトコ走る
左「美濃」右「近江」
両国にまたがるセロー
境はこんな感じ
「寝物語」の由来
境の溝を挟んで両国の旅籠が壁越しに「寝ながら他国の人と話し合えた」
とのことで「寝物語」
旧陸軍火薬庫跡(名古屋陸軍兵器補給廠関ケ原分廠)
次はいよいよメイン目的地
R21の下をくぐるカルバートの向こうにJRの煉瓦アーチが見える
「妙応寺架道橋」
ステキなトンネルだったので撮る
県道229沿いの案内板
関ヶ原鍾乳洞の手前だ
公開されている「洞窟式火薬庫」到着
1963年航空写真で「半洞窟式火薬庫」と「地上清涼火薬庫」の形がまだはっきりと残る
1980年には上記火薬庫の確認は出来ず
1972年にOPENした「関ヶ原メナードランド」が確認できる
メナードランドも火薬庫群の中にあったってことだ
2001年に閉園したメナードランドは遺構の宝庫だと思う
公開されている「洞窟式火薬庫」に入ってみる(入口まで)
4枚のパネルで詳しく説明あり
ここから先へは行けない
奥に照明が置かれている
立入禁止の他の「洞窟式火薬庫」
戦時中火薬庫内の監視・警戒にあたる歩哨が昼夜を分かたず交代で立っていた「立哨台」
「立哨台」もいくつか存在する
県道229に出て「関ヶ原メナードランド跡」
コンクリート製の壁面がそれっぽく見える
現在は立入禁止だが、14年前に足を踏み入れたレポートが残っていた▼
火薬庫群の東側の入口にあたる場所の「栄門」
火薬群の警備が厳重であったことがうかがい知れる
帰りは養老SAまでトコトコ下道で向かいSAからばびゅ~ん
大垣から一宮までの工事渋滞がひどかった